原材料のこと

食べものには原材料表示があり、着るものには品質表示があります。そういった表示を気にして(信じて)、ものを選択するように自然となっていきました。食べもの非常に身近な存在なので、どこでどのように作られたものなのか自然と知りたい気持ちになります。そういう延長で、自分が作る器の原材料についても知りたい、できるだけわかっていたいという気持ちが湧いてきます。

基本的に父が進めていた灰釉という技法を受け継ぎ、指導を受けながら活動をする中で、ちょっとした分岐点があったとしたら、「原材料表示できるものづくり」というところだったように感じています。

原材料は誰がどのように作っているのか?

これからの旅は、

・益田長石を産出している島根県の西日本鉱業様
・天草陶石から磁器土を出荷してくれている渕野陶磁器原料様

に行ってみたいと思います。(器にわずかに含まれる珪石、カオリンについては、原産地等不明)

父が作ったもの:
羊羹(北海道産小豆、甜菜糖、塩、寒天など)
メロンの灰

旅立ち

甥っ子が4月から一人暮らしを始めるという。
お祝いに新生活で使う器がほしいとのこと。
この10年で作りためた器たちが山陽の地へ旅立つ日はもうすぐだ。

▼最近進めているメロン灰青白磁の釉薬試験の画像

ほろ苦タルトタタン

2025年秋からお気に入りのお店のタルトタタンをお手本に試作を重ねている。

何度か作って、だいぶん近い味になったかなと思っていたところで、本家の味を再びいただくと、さすがはプロと声も出ない。側面(背後)の垂直ラインの素材はちょっと真似できないなぁと。大人に好評だったビター風味の味は、子どもたちには不評で、再度やり直すことに。正月には、小さいお重にどのように詰めるのがよいかについても考えさせられて、新たなおもしろさを感じた。形を捉えるのは奥が深い。

器 メロン灰青白磁 六角皿

サイクル

立ち止まる→考える→軌道修正

しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり。
(一つ。やろうか、やめようか迷っていることは、通常やらない方が良い。)
吉田兼好 徒然草 第九十八段

毎年季節が巡るのと同じように、やってくるサイクル。

成形→乾燥→素焼き→施釉→本焼き

この周期の間に、気を遣うこと「丁寧に」「美しく」「大切に」が抜け落ちると好きになれなくなってしまう。

たくさんはできない、いつまでできるかわからない。
今できることを形にしたい。

7月の本焼きは、今までで一番壊滅的だった。

初めて作った磁器の楕円皿の形が良くなくて、ほとんどが撓(たわ)んでしまった。撓む〜の意味のとおり、お皿の腰の部分が高温(1270℃)で焼成した時にしなやかに曲がってしまい、棚板に釉薬が張り付いてしまった。

運が悪いことに、今回は窯の中の温度ムラを調べる目的で、同じお皿ばかりを一度に焼いていたから、全ての段で、棚板に張り付いた釉薬を削ることになった。

素地の変形が原因か、釉薬の調合が原因かは不明ながら、ほとんど全てに貫入(ひび割れ)が入ってしまった。

というわけで、釉薬の調合試験を範囲を広げて再度行うことと、以前他の釉薬でも過去の窯の焼成温度との温度差があったことから、焼成温度を上げることになりました。

8月末には、次回行う釉薬の試験の計算を終え、
21種×3パターン=63個のテストピースの成形をして、夏場に行っている轆轤成形で、ご飯茶碗と煎茶碗を作成、「萌木」と呼んでいた紋様を入れて、表面を削ったりしていた。

9月は夏の疲れが溜まったのか、10月上旬まで思うように作業できない日が続いていた。サイクル、という観点で考えれば、動いていた分、動けない日もやってくるのは当然だけど、動けない日が続くと気持ちが辛くなってくる。

9月に予定していたテストピースなどの素焼きがのびのびになり、そうしているうちに、成形していたご飯茶碗などのアラが目につき、整えているうちにあっという間に寒くなってきた。

そして、11月5日。 久しぶりの素焼き。
スカスカの窯になるかと思っていたら、案外いい具合に埋まっていた。
少し遅めの10時半過ぎにスタートし、22時半過ぎに終了。
色褪せてしまった木の看板を掘り直したり、甘酢を作ったり、満月を眺めながら。 終わってしまえば、たいしたことはない。

次のサイクルへ。