予想外の年末

年末というのがどこから始まるのかよくわからないが、師走というだけに、12月に入って慌ただしく日は過ぎ、11月末に痛めた腰も治ったと思えば、急な寒さのせいか再び痛みがやってくる…この年末には、2年先延ばしにした祖母の10年法要の予定で、久しぶりに弟たちも東京から来る予定になっていて、甥っ子たちにおじいちゃんの陶芸教室と雪遊び体験をさせてあげようということで、メインの滞在先は我が家ということで、父(祖父)と娘で時間単位のカリキュラムを完成させ、娘のピアノコンサートのプログラムまで作って練習してたというのに。

19日からテーブルの片付けさえできない急な発熱に、夕食は娘に任せて、その日から隔離状態で別室で眠ったのが幸いだった。結局、2日目の夜に熱は40℃を超えて、翌日病院に行って検査する時には熱のピークをこえていた。先生にも40℃も熱が出たら辛かったでしょう、と言われたけれど、私自身は、検査の方が辛かった。

この日から、隔離生活が始まった。たまたまその時に限ってご近所でまとめ買いしている卵の受け取りを引き受けていたこともあり、最低限の連絡を入れると、誰もが困ってることがあったら〜と優しく接してくれて本当にありがたい。

幸いにも今のところ、家族に症状はなく、外出自粛期間が終わるのでPCR検査を受けて来るという。

27〜30日までのいとこ同志の貴重な瞬間を共に過ごすことができればと願うばかり。

恵庭岳

大切なところ

ここは美しいところ。
7年前に戻って暮らすようになって改めて気づいたことです。

なぜ美しいのか?
美しいと感じるのか?

ただ景色がキレイということだけではないということを最近特に感じます。

ずっと住んでいる人が当たり前に大切にしているから、豊かな自然を保ってきたのだろうと思います。

と同時に、土砂災害など、山がゆえの恐ろしさもあります。

当たり前をこれからも当たり前に続けることと、知らないことを知ることで、これからも大切にしていきたいものです。

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#馬追丘陵 #北海道 #森林 #土砂災害警戒区域

額紫陽花

今年は庭の額紫陽花がたくさんの花をつけてくれました。

急に変化して現れた真っ赤な夕焼け

天高く馬肥ゆる秋はまもなくです。

しばらく制作から離れて久しぶりにExcelの作業などに従事していましたが、日常に戻ることができて、ほっとしています。

今ある生活・環境を大切にしたいと思い、これから素焼きの準備のため工房に向かいます。

課題

グループ展が終わり、ゴールデンウィークが過ぎ、ひと段落していたのも束の間、頼まれていた長方皿と六角皿をやり直しで作ることになりました。作り直さなくてもいいのかもしれない。しかし、作り直したいと思ってしまう自分がいる。歩みは常にゆっくりですが、納得して進めていくことしかできません。

ものづくりは経済ではないと語ってくれた先人がいました。儲けを出すのが目的ではない…しかし、続けていくには、最低限のラインをクリアする必要もあります。

作ることにも課題、作り続けていくことにも課題があります。

新しい取り皿サイズの角皿
オンラインショップ用の撮影

自彊

-ジキョウ-初めての出会いは、幼稚園の年長の時、5歳だったはず。難しい字だなぁ、私が利用するバス停の名前でした。定期券にも書かれていました。ピンク色の用紙に紫色の判で押された「自彊」、子ども用の定期券には確か斜めに赤い線が入っていました。そして、国鉄バスからJRバスに変わっても私のバス生活は続きます。

家から自彊へは300〜400m程で、途中に沢が2つあり、バス停に近い沢は沼もあり、鬱蒼としていて、子どもながらに薄気味悪かったと記憶しています。

その後、JRバスは廃線となり、町営バスに変わりました。私も高校生になり、町営バスでは札幌方面に向かうバスに間に合わないため、町内の移動は車での送迎で、バス停まで移動するようになりました。

ところが、高校へ入学した時に、再び「自彊」という言葉に出会うことに。「克己自彊」これが校訓でした。初めて体育館でこの言葉を見たのは、たぶん入学式の時だったはず。今では父母で入学式に来るのは当たり前になりつつあるけれど、当時は父親が入学式に来ている人は少なく、しかも父の髪型は坊主頭に近かったから、恥ずかしかった。高校時代の友人とはキャンプに行ったり、卒業後も一緒に旅に出たり、今でも交流があり、ありがたい存在です。

そして、昨日びっくりするような家の近所で「自彊」という言葉に再会したのでした。

桜を目指して散歩した先に見つけた「16区自彊会館」の門。

昨年10月に町営バスは路線バスがなくなり、すべて予約制のデマンドバスに変わりました。路線バスの時にはバス停(地域の名前)があったけれど、デマンドバスだとバス停という概念がそのうちなくなっていくと思われます。「希望」というバス停もありました。稲作に伴う「稲穂」「稔」「黄金」などもあります。東7線北3ではなく、自彊という名前があるのは歴史そのものを現しているように思います。そういう名前が今後も残っていってほしいと思います。

門と鳥居と桜と
会館についている「自」と稲穂をデザインしたマーク
会館の桜
散歩道
遠くに100年記念塔を眺めながら
山が彩る季節